aamall

2007年09月01日

リーダーの諸条件

→404 ローマ物語検↓后.罐螢Ε后Εエザルを読みながらリーダーというものをない経験値などから絞りだした

小さい頃から体が大きかったこともあり、小学生のときは学級委員とか、キャプテンとか、生徒会長とかやったというかなかばやらされた。飛びぬけて云々ではなかったがでかめのやつの中でもっとも気が強かったことが主な要因だったように思う。生徒会なのに会長が帰ってしまうという感じだったので決して素行がよいとは言えないが・・・・。

んで、中学・高校とジョジョにそういうものから離れ・・・途中応援団長という恥ずかしい役柄はいただいたが「ドン♪ドン♪出たで〜っ」まあかなりメンドクサイというイメージを持っていた。


んでっリーダーの諸条件を勝手に述べるとこれくらいの年になるとこうまた微妙に変わってきている。またきっと変わるだろう。

  • 雄弁だけれども 沈黙が使える
  • リーダーを育成しようという気がある
  • 自分がした方がはやいことでも人にまかせられる
  • まかせたものに対して責任をとる気概がある
  • 見て見ぬフリもできる
  • 自分より上回る者の力を認めることができる


概ねこれくらいを考えた。そのへんは調整型とかグイグイ引っ張る型とかがあるが、仕事ってやつは複雑になるばかりなので、どんな天才的に能力を持つリーダーでもある一定の機能をもっている中で万能であることは実質的に不可能だ。

すなわち 優れたリーダーはリーダーを育成できる人 につきる。そのへんは背中を見せるパターン、逐次「やってみせて 言って聞かせて・・・」山本五十六元帥パターンなどたくさんあろうかと思う。

そこでサラリーマン人生もそれなりに経過して・・・まあいろんな管理職、部下を見てきて・・・思うことは・・・「あ〜きっとこの人は人生できっとリードというものをしたことがない」とか思うことがある。そんなときそのリードする能力みたいなものを育成できるか?というととても苦しい。苦しいにも関わらず・・・初級管理職あたりはそういうことを無視して選ばれていく。営業成績がいいとか、テストの点数とか、数値化しやすいところで選びがち。

となるとリードしていく能力はまずは見ないというか見れない。

子供の頃の輝かしい略歴でなくともまあいじめられっこならその中で、せめてチームの中でリードしていくってのはある。大学生あたりになるとその能力はほとんど使わずに済むってか必要なくなったりもする。がサークルなり部活なり学祭なりなにかしようと思うととりまとめってか、それなりのリードが必要になる。

そのリードをしていく過程で「あ〜メンドクセー」とか「もうおまいらやれっ」的な葛藤みたいなものを経験値として身につけらればまあインチョーとかそういう肩書きは関係なく将来の管理職とかリーダーとしてはオッケー。

でもそういうのをほとんど身につけず・・・肩書きはおろか何人もを集めて物事を行ったことがない人がなると結構回りがたいへん。「やつは幹事一つ満足にできねえよ」となる。

そこいらあたし微妙な空気読みとか、読んでおいてさらにアクションを起こさないとか、タイミングとか、多少のおまかせとか、・・・こういう類は本を読んでもちょっとムリ。

リーダー論はやっぱある程度の場数かなっと。場数を踏まずに一生を終える人も結構いるんじゃないかしら?

合コンの幹事すらしたことないってな人も・・・店を人数予約したとかでなくてね。

まあきっとなろうとして必ずしもなれるもんでもないような。シャチョーっさんになるよりも 自他ともに認めるリーダーになる方が難しいかも。意外とリーダーも考えあげた結果なるものでもないと言う暴論。つまり普段から葛藤を抱えていたりね。


MBAの教官たちは、カエサルのような、自らの存在価値を笑って否定するような天才をどう扱っているのだろうか。


研究者というのはリーダーからもっとも遠い職業の一つであるとは思う。だからできないということはないが・・・ただ遠くから眺めるのみではないでしょうか?



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