aamall

2007年09月11日

増田:結構深刻

→増田:数百人いる学年に1,2人ぐらいしかストライクゾーンが無かった。

恋ができません。面食いなのかな。数百人いる学年に1、2人ぐらいしかストライクゾーンが無かった。

そのうえ性格も重視するために、アイドリング期間が長くなる。

困難な確率を乗り越えてストライクゾーンにヒットした人と付き合ったこともあるが、わかれてしまった。またそんな確率に出会えるだろうか。社会にでて出会いが減ると、もうこういう人と出会えないのではないかと思ってしまう。自分が異性を感じられる対象が極端に居ない。どうしたものか。


→レバレッジ恋愛術を使ったとしても増田の症状は深刻。

 



今となって考えれば理系専門の男子ばかりでない限り、高校も大学も恋愛はし放題である。報われるかどうかは別にして、同世代の異性がごろごろ・・・かつ同じカテゴリーの異性がそこにいるわけで。1年生なら声をかけるのは簡単。「どこの学科?」

っで社会に出るとたとえたくさんの新入社員をとったとしても同じ職場に同じ年栄えの男女が一緒にいることは はっきり言ってまれである。

それらを踏まえ、


数百人いる学年に1、2人ぐらいしかストライクゾーンが無かった。


と言われるともう先行き厳しい。5対5の合コンに5回参加したとしても・・・通常は共通な人が1〜2人は含まれるので、よくて20人くらいの人しか知り合えない。数百人に1人ということになると・・・少なくとも25回は合コンをしなくてはいけない。毎週末合コンに時間を費やしたとして(かつ3〜4人ははじめて出会うという前提で)6ヶ月はかかる。→クラスに一人は合コンにいないという真実

経験則にそれば25回合コンするのに男性5人の力量にも大きくものを言う。5人は新たな合コンを組むためにひたすら連絡先を聞かなければならず、その間も(彼女ができても)リタイアすることを許されない。ストライクゾーンの狭い増田のために次につなげる快適空間を演出し、相手の気分を損ねない範囲で新手を連れてこさせなければならない。

もちろん増田は「あっ・・・やっぱり違う・・・あの球じゃ打てないよ・・・」とか言うので、合コンを組むほうもそろそろげんなり。

このストライクゾーンの狭さというものについては「そうなんだからしょうがない」と本人にも変えることはできない部分であろうとは思うが・・・

多様性を認めないという ある種の幼さを感じてしまう。

ただ「なんでもこいっ」もそれはそれでどうかとは思うが、

好き嫌いというのは時にわがまま、

あるいは幼児性として認識されるのではないか?付き合うだの結婚するだのそれは増田の勝手であるが、そこには(見た目や性格に)まったくの打算・妥協がまったく含まれないとなると、大人としてきっと行き詰る。

恋愛に限らず、仕事などもどうやったら好きになるかを考えなければなかなか続かないものだ。だいたいそもそも好きな仕事にありつける人はまれだ。

よい本に出会うためにはたくさんの本を読まなければならないように、たくさんの映画を見なければいい映画に出会わないように・・・それはその入り口にたってのぞいてみないとそのよさというものはわからない。

食わず嫌いでどうするっ増田。

小さなときのように親が食事を口に運んでくれることはない。自ら食いに行くか?買いに行くか?餓死するかいずれかだ。

ストライクゾーンを広げることができなければ・・・自らバッターボックスからはみ出るか?ムリムリボール球をストライクゾーンにもっていくか?はたまた打たないで一生過ごすか?いずれかだ。

つまり狭い狭いストライクゾーンをすり抜けるような球を自ら生み出す力も必要。

前にも書いたが 棚からぼた餅は棚の下にたってかつ揺すらないと落ちてこない。構えて動いてやっとありつける。


ストライクゾーンにヒットした人と付き合ったこともある


たまたまセレンディピティに出会ったことがある増田は幸福である・・・と同時に何の努力もなしに 棚からぼた餅が降って来た不幸ももつ。揺らさなくてもおちてきたから。。。

増田っ 社会人になると同じカテゴリーの男女が寄ることは少なくなる。それだけは言っておく。

そろそろその好き嫌いは捨ててはどうか?おもしろくなさそうなトンデモ本でも楽しめるものというのはいくらでもあるもの。

  時の流れははやい。ガンバレっ増田っ(。・ω・)ノ゙。

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blog49 at 06:01│Comments(0)TrackBack(0)clip!増田 

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