aamall

2007年09月19日

夢判断とか夢占いとか 夜明け 

そういうことを知っている人にはなじみがあるかないか?まあ素人博士(自称)として一家言。

夢の仕組みなんぞを適当にっと。



フロイトが無意識を発見してからというもの、夢はそういい加減なものでもなくなった。

一日に人間は膨大な情報を意識・無意識に取り入れている。これは記憶しているか?意識しているかどうかは別である。今ほどやっていた「花ざかりの君たちへ」もほとんど見ていないが、脳みそには流れ込む。

そうすると、膨大な情報を整理するために人間はいったんその機能をいったん落とす。(目を閉じる)

こうした間にも機能のすべてが落ちたわけではないのでシャッターを閉めて在庫(記憶)整理をするという→これが寝るという行為。

この間には 意識された記憶と意識されない記憶の区別はないため、相当ランダムに記憶が再生される。もちろん(意識がないので)時間の前後とかがない。しかして小学生のときのおいらも再生されるというわけ。

とおいらたちはその在庫整理の断片を見るわけだ。ここいらは意識してみているわけでもないので、なかなかコントロールできないし意味を読み取れない。コントロールできるという人は覚醒した状態で夢の中にいる人々。または夢の舞台自体はコントロールできないのが常。第一夢に意味などないかも知れない。

もし舞台すら用意できたとしたらもう起きることはないだろう。だって楽しいもの。

夢は記憶の整理である。ただし整理自体を意識することはできない。

とすると、整理しにくい断片もあるわけで・・・こういうのを抑圧された記憶というのだろう。

よく眠れる人はこの整理がどうやらうまいようだ。だから眠ると大方疲れがとれる。取れない人はストレス以上に疲れを感じるようである。

生きていてストレスがないということはなかなかない。ストレスがない生活もストレス(遠隔地に行った専業主婦とか)もたまる。

だから適度にストレスを感じ、かつ解放されていくのがどうにもいいようだ。

さて件の夢判断とか夢占いである。これを収集して整理しても体系化は難しいように思う。なぜなら個人の経験、記憶を体系化するのは非常に難しいので。。。ここいらあたりが心理学が文学という京極夏彦の見解にも通じる。

ではまったく関係ないか?おいらの見解は否である。

というのは自分自身が認識できない抑圧とか、願望というのを夢で再生している可能性があるからである。

となると、夢判断、夢占いは自分自分のフォーカスすることによってできる可能性は残る。

自分で自分を占うというのもおかしな話であるが・・・違う角度から自分を眺めるという意味では占いにもなりえる。

占いを採用するかどうかはいつも自分が決めているはずである。

となると夢についても同じ考え方を適用してもおかしくないはずだ。

膨大な情報の断片の中に自分の重要な情報が含まれている可能性がある。

一般にデジャブは記憶の再構成の失敗というか組み合わせだったりする。デジャブが未来予知になるゆえんはそこにある。

毎日変わりない日々を送っている人へ・・・実際は季節は変わり自分も変わる。今日とまったく同じ明日はない。つまり同じ毎日を送っていると感じている人は (日々の微妙な変化をかなりの情報を脳の中でカット(割愛)している可能性がある。

そういう落ちた情報というのが寝た後に・・・強く意識したことと同時に再生される。これをきちんとわけることができれば・・・意味を見出せるかどうか。また機会があれば書いてみよう。人気blogランキングへにほんブログ村 本ブログ 書評・レビューへ

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