aamall

2007年11月30日

私も家庭教師をしていた頃の話 3時間目

次男の実績を認められて引き続き勉強を見ることになった三男。ウシオ(仮)くん。

次男曰く「ウシオはバカだよ」



「兄弟でバカはないだろう。血はつながってんだぞ」「だってバカだもん」

ともあれ、ウシオくんに対する母親の期待は薄く「ほんとに最低限でいいんです」みたいな感じだった。

ウシオくんは英会話の学校の通っていたので発音は素晴らしい。「ダォッグゥ」とか言う。

ありがちであるけれども「dとb、pとq」みたいな対称な感じの単語はまったく覚えられない。もちろんアルファベットも長い間すべては書けなかった。もしかしたら私が教えていた期間はかけなかったかも知れない。

教えはじめて単語を書かせるのは苦労した。文字ではとても覚えられそうにないと思えた。で仕方がないので画像と文字を一体として脳みそに残るよう絵と文字を同時に書かせた。

アップル

 

 

 

まあ相当時間はかかったけれども中1レベルは少しずつ書けるようになって、中間試験が終わり、少し点数が取れたようだ。まあ絵と単語を50回とか書かせているけれども。お母さんは安堵していたようだ。

私が居を移すことになって友人に引き継いだ。その友人は「ウシオくんはきてる・・・」と言い残し、そのまた友人に引き継いだ。その友人というのは現役の教師だったように思う。

後日聞いた話では現役の教師はウシオくんはどうも違う!との疑念のもちお母さんに医者の診断を受けるよう強くすすめた。結果は「・・・LD」


→LD

日本では一般に学習障害と訳されています。

学習障害とは、基本的には、全般的な知的発達に遅れはないが、聞く、話す、読む、書く、計算する、推論するなどの特定の能力の習得と使用に著しい困難を示す、様々な障害をさすものである。 学習障害は、その背景として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、その障害に起因する学習上の特異な困難は、主として学齢期に顕在化するが、学齢期を過ぎるまで明らかにならないこともある。


あとで聞いてよかった。たしかにそうも思えたけれどもウシオくんに近い子供はそれまでたくさんいた。しかし、そういえばお母さんはほのめかしていた。


→2時間目

勉強はからっきしなんでけど本を眺めるのは好きなんですよ


どうやら本当に本は読んでいたのではなくて眺めていたようなのだ。学習障害の場合の多くは、文字が意味を持たず、単なる絵に見えるらしい。私たちの大半がアラビア文字「ﺺ」を見ても意味不明なように英語はおろか日本語もそういう状態らしかった。

なぜ、中間試験で一定の点数がとれたのだろうか(といってもぐんと低い点数なんだが)?今でも疑問に思う。訓練の仕方がよかったか?結構苦痛だったろうとは思うが。

ウシオくんは今いくつだろう。クイズヘキサゴンを見るとそんなことを思い出す。まあ生きる力とはまた別だし。楽しい人生を送っていることを願っている。

大器は晩成す。。。40前なのに好きな言葉は「大器晩成」の知人がいる。。。人気blogランキングへ



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1. 私も家庭教師をしていた頃の話  [ blog50-1 ]   2007年11月30日 08:28
→On Off and Beyond 中3の家庭教師をしていた頃の話 大学時代、死ぬほど家庭教師をしてました。週8回とかやってたからな。疲れたデス。特に、「中3の子の偏差値を、1-2ヶ月で40台から50台に上げる」ってのが、私の得意分野でございました。 私も家庭教師....
2. 私も家庭教師をしていた頃の話 2時間目  [ blog50-1 ]   2007年11月30日 08:29
もう社会人になってからも友人の紹介で家庭教師をした。中3の少年。そして一回目の授業でかます。

この記事へのコメント

1. Posted by 丁稚   2007年11月30日 09:22
オレの事か!?ケッ!
2. Posted by blog49   2007年11月30日 10:57
あなたは十分蛮性の大器だよ。

アメリカに夢を追いかけて行った男の話。

アメリカンドリームを夢想して夢精して帰ってきた。

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