2008年06月26日
学歴の記号化、ストックとフロー
初級の管理職くらいのときは学歴はそう問題にならない。他人の会社だともっときにならない。せいぜい
「社長はT大出身、さすが変人!」とか、「KO出身だけに東京すきなんだな、頭も切れる」
とかその程度。いいときの「だから」悪いときの「だから」と簡単に意味が反転する。
っで、まわりに目をうつすと学歴を優先している場合が多く見られる。特にえらくなってくると、高卒のアッパー、大卒のアッパーが決まってくる。
もっとも大学も偏差値の序列など知らないから旧帝大、国立、私立、有名私立くらいのジャンル分けしか発生しないのだけれど。
能力・実力・成果なんて言われているけれども、それをはっきりさせるのは難しい。依然として上の人とどのようなつながりをもっているかとかの方が実績より重視される。それ以上にマネジメント能力とか未知だ。
マネジメント能力を含めた成果・能力はあくまでフローだ。その場所で発揮できたとしても、次の場所で発揮できるとは限らない。それらは一時のフローとして「S」とか「A」とかつけられるけれども、上司と肌が合わなければ簡単に「B」になる流動的なものだ。
しかし曖昧な評価を続けても口の端に上るような人物になればそれはストックになっていく。この蓄積が年功序列。
えらい人のお気に入りでも部長クラスに昇格させようとすると見えるストックが必要となる。長い観察によって得られたフロー評価よりもたしかなストックが重視される。
もっとも客観的なストックが(詐称してなければ)学歴・(改ざんしてなければ)年齢。
どのような経歴を踏んだかは異動の軌跡であり、どのような跡を残してきたかはさして問題ではない。日々監督しているものもいなければ、直接成果につながることもしていない。
マネジメント能力なんかは下から見ているとよくわかるのだけれど、それは一時のフローであり、「統率力がある」なんて書かれた記号は選ぶ人の心にひびかない。
合併などで組織が大きくなってくると、仕事で蓄積してきた(信頼とか人望)というフローの蓄積であるストックはどうしても散逸する。
ゆえに組織が複雑になってくると
上とのつながり>年齢>学歴>仕事の実績>下からの評価
こんな順番なので昇格・昇進には必ず違和感が生じる。上も年齢や学歴がなければ、たしかなストックを説明できず、「今回は見送り」となる。小さな会社ならフローはみんながわかっているが、大きくなればなるほど、人間は履歴書として記号化され、学歴・職務履歴・資格・評価など紙面上に書かれた存在になる。
S、A、B、Cよりも 快晴高校卒、慶應魏熟大学卒の方に目がいく。説得力はある。
もちろん上同士泥臭いやりとりがあって、昇格者は出されるわけだが、最後はやはりその人物をまったく知らない人間も入れて決定がなされる。
本人は呼び出されることはなく、あくまで記号化された紙面のストックが勝負だ。
弘兼憲史叢書 島耕作全集 課長編を全編読破すると、社長になるまでに仕事上の実績はほとんど残していないことにきがつく。
もっとも評価されるべきは映画会社の買収であるが、のちにそれが初芝の重荷となっている。
探偵社などを使い、部下や上司の尻拭いでは力を発揮しているけれども、仕事の実績と言えるものは少ない。
女性関係は本書のサイドラインとなっていて、たしかに女性を使うのはうまいのかも知れない。ただ、マネジメント能力というにはあまりにアンダーなもの。
学歴偏重に賛成するものではないが、それは記号化される以上大きな力を持つ。
だから文句を言わずに、こびるでなく、島耕作のような人の股座に・・・もとい懐に入り込む技術、そんなのないから結局人柄ということになるのかしら?
「ハッハッハっハ ボンジュール
」
学歴社会の法則 教育を経済学から見直す (光文社新書 330)
トラックバックURL
この記事へのトラックバック
この記事へのコメント
というか業務上のスキルなんて関係ないってこった。
むしろ テクニックがものを言うというか ソフトタッチなんだよ・・・。
社長の品格の上田さんのブログから来ました。
私と同じ石川県の方なんですね?
私はまだ1人で活動しているので、早く大きくなって組織として悩んでみたいです。(笑)





