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2008年09月22日

青春ノイローゼ

青春ノイローゼとは20代後半から40代手前の独身の男女が「10代から20代前半で経験した燃えるような恋愛感情を持てる異性が現れるはずだ」と思い悩む症状のこと。
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という居酒屋での与太話。

主に「出会いがない」「職場的に声がかけにくい」など外部環境のせいにしがちなのが特徴。その症状のときに「ここ数年で好きな人いたの?」と聞くと「いない」と答える。

自分語りをすれば、子供の頃異性を好きになるときに、親が宗教をやっていてお祭りとかイベントには顔を出さないとか、兄貴がブサイク(似てくるのかな)とかどうでもよかった。単純に片思いできた。

お祭りは夜に出かけることができる数少ないイベントなので、行くだけで楽しかった。輪投げでとれた商品はすごく価値があるように思えた。

部活動では明日を考えて力をセーブするなんてなかった。夢中というわけでもなかったが、無条件にがんばれた。

たぶん加齢とともにそういう感度は下がっていく。甘酸っぱい話なんかなくても無条件に云々という部分が青春なのだろう。

つまり、青春ノイローゼの原因は内的なものではないかと思う。

そういう感情みたいなものがじょじょに薄れていくのが加齢なのだ。それゆえ、幸福をつかんだ主婦であっても、「はっ」と気がついたときに青春ノイローゼになっていることもある。外的な環境は必ずしも関係ないんである。

年代的には、目がかすむなどリアルな加齢はまだまだ少ない。老人の見た目は5〜10歳は若くなった。そうでなくてもこギレイにしていれば、男性だって女性だって3〜5歳は若く見える。

だからと言って時間は過ぎる。時間の蓄積は「ぼっと」していようと経験になる。経験は物事に落ち着いて対処できる術になるけれども、同時に物事に対する新鮮さを失わせる。

寅さんがうらやましいのも、
失楽園に憧れるのも、青春ノイローゼなんだと思う。そういう激情が湧かないからこそ、純粋に惚れた腫れたに渇きを感じる。

もちろん、一定年齢の男女が檻の中にいた(共学ならば)学生時代はその感情が湧きやすい。十分に感情を育む時間があり、ある日気がつけば「好き」という激情が顕在化する。時間がかかっているのである。

残念ながら、よほど恵まれた環境でなければ、感情を育むほどの共有する時間は社会人にはないんである。

その上、自分の感情の感度は下がっているの。環境と感度が同時に下がるので、青春ノイローゼにもなろうかというものだ。

知らず知らずに相手の素性を調べ、相手の好意を推し量り、失敗をおそれる。しばしばある出会いの多くは激情へと変化することなく過ぎ去っていく。同世代の男女の檻がなくなったかわりに、自分の檻だけは高くなっていく。それは見えることはなく、若い頃の「要は勇気がないんでしょ?」とは違う。飛び越える力がなくなっている。

もう行動様式を変えるがいい。自分を内に向かわせるジムに通うよりも、外へ向かって惚れるのがいい。いいとこ見つけてムリムリ惚れまくる。好感→惚れる→ふられる→へこむ。へこまないとふくらまない。

高く飛ぶためにはかがまないといけない。

惚れる人がいない?人はいるんだよ。経験値によって選球眼がよく(悪く)なっているだけ。来た球全部振るんだよ。思い悩む前に、力が落ちても全弾フルスイングだよ。

見逃し三振よりも豪快なフルスイングは三振しても見ていて気持ちがいいものだ。そして学生時代を考えて見れば、心の中ではフルスイングをしていたはずだ。

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blog49 at 00:01│Comments(1)TrackBack(0)clip!恋愛 

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この記事へのコメント

1. Posted by 読書系女子   2008年09月22日 15:53
マリンゾウさん、こんにちは。
この本、おもしろそうですね。
恋愛って、案外、暇つぶしなのかもしれないですね。

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