aamall

2009年06月13日

小額給付金じゃなくて周年事業なら不確実な未来に

「定額給付金という制度があり、その後一旦株価回復に向かうもののそれも長続きせず、骨太の方針により先送りが先行し、財政再建が遅れ、先進国でなくなる発端となりました。」 現代社会2019 P126

周年事業の準備が始まっているそうだ。会社といえども何年もの歴史を重ね生き抜いたことは立派なことだ。

その事業の中で、社員に対して数万円の小額給付金も検討しているという。

定額給付金を何に使いましたか?

今聞けば覚えている人もいるかも知れないが、10年後には大半の人が覚えていない。

政治の場合にはさまざまな境遇の人がいるから、定額給付金というのが必ずしも悪い政策と言い切れない。平等な政策というのは難しいから「えいっやあっ」でも責めきれるものではない。

企業に勤務する人の境遇は国民全体ほどちらばりはない。雇用形態が同じであれば、世代格差こそあれ、もっとも近しい境遇の集団と言っても過言ではない。

そこで、数万円の小額給付をするという。くれるものを拒みはしないが、それが企業が存続するため、次の周年事業を行うため、従業員満足度を引き上げるためになるのかというとたぶん違うと思う。

それは刹那的な(小さな喜びを与えるものの)先送り施策であり、従業員の多くがすぐ忘れる。

ここ10年で多くのイベントがなくなっている。それはコスト面や対外的な面を考慮してなのかどうかよくわからない。その間モラールの低下によりさまざまなことがあった。

イベントは準備する側、参加する側にとってもメンドクサイ。メンドクサイが、単調な仕事の中での何かのきっかけになったりもする。それを楽しみにしているまたは十分楽しむ人もいる。

まあ、そういう「健全な雰囲気」と「研究会の盛会・存続」を両立させるためには、レクレーションをいっぱいやらなければならないのだ。「1時間健全な議論をしたければ、2時間飲み会をやれ」

スポーツのイベントであれば、仕事はからっきしの人も一目置かれる存在になる。かいがいしく世話をする女性はかわいく見えたりする。

そこがきっかけで社内結婚をしたり、のちに仕事で
接点を持つときの潤滑油になったりする。

これは効果が曖昧できわめて不確実なものだ。ただ、飲み会だけでは効果が薄いといえるのはそこに序列や役職が持ち込まれるからだ。

それに対し、イベントとりわけ共同作業を行う場合は仕事では見られない才能が発見される可能性がある。

浜辺に行って、部署を横断したグループで砂山彫刻コンテストを行ってもいいのだ。



これに対してインフォーマルな集まりの飲み会は系列や派閥を生む。それは悪いことばかりではないけれども、才能を見出す機会とはなりにくい。才能というのはそういう場ではなかなか発揮できないものだし、「あいつは飲むとくだをまく、脱ぐ」など酔っぱらいとしての才能だけを拾い出す。

共同作業というのは役割を与えつつ、しかも仕事から遠い部分で行うと意外な才能や側面を見ることができるかも知れない。

その思い出は人によって10年後でも覚えているものかも知れない。そうではないかもしれないが。

イベントをあたら増やせという気はない。増やせば新鮮味がなくなり、それはうざい作業へと変貌を遂げる。

小学生のときの思い出はなにかしら?あるイベントではないかしら?

周年事業なのだから、「○周年はこういうイベントがあったね」なんていわれて、その中での横の関係が10年後のなにかになっているかもしれないし。

そういう積み重ねが「風通しがいい」とか企業風土を作っていくような気がする。

将来への施策は不確実なものほどいいと思っている。効果の確認は数年後、10年後でかまわないのだ。

社会人は成人式、結婚式を過ぎたあたりからイベントが減っていく。心のくさびになる周年事業のイベントがあってもいいのではないだろうか。

第一、中学生のお年玉的金額や「めでた饅頭」で喜ぶ大人は少ないのだから。

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